きらきら

平々凡々

誰もが誰かの一番になりたい

誰もが誰かの一番になりたいんだと思う。その思いに折り合いをつけていくってことが大人になるってことなのかもしれない。満たされない承認欲求をごまかして終わりある人生を生き抜くための妥協。人の笑顔が好きだ。怒られるのが嫌いだから余計に、人の笑顔が好きだ。人の笑顔が好きなのに、大したことないボキャブラリーで大声ひとつで他人を弄るような底意地の悪いやり方で人を笑わせてばかりで、何をやっているんだろう私は、って後悔の朝を迎えてばかりだ。瞬間最大風速を記録するために誰かを犠牲にしていいことなんてひとつもないのに、誰かが笑うという快楽のために私はまたひとり、ふたりと傷つけていってしまう。デリカシーが無いのは私だ。誰も傷つけず、手にした武器で人を笑顔にできるあなたたちが好きだ。

野菜生活

太ったからお昼は野菜ジュースだけにしていたのだけれど、野菜ジュースを飲みながら惜しみなく与える人間について考えていた。このひとは惜しみなく平等に与えられる人間だ、と、ある人について語ったひとがいるのだけれど、その話をした時のことを思い出し、いやいや、それを語るそのひとも惜しみなく与えられるひとだなあとわたしは思った。(あの、だのその、だの、指示語の多さよ……)実際のところそのひとのことはよく知らないけれど、わたしが知っている範囲内ではそのひともそうだな、って思った。20代の後半くらいから、ずうっとやさしいひとになりたいと思ってなれないでいる。与えられるひとは、きっと十分に与えられてきたからこそ返せるんだろうなあって考えてるのだけれど、じゃあわたしが与えられてこなかったかっていうとそうじゃないなって気づいた。与えられてきたことに今まで気づかなかった。差し伸べてくれる手はいくらでもあったのに意地を張って振り払ってきたのは自分だなあ、と懐古してみるものの、まあそういう生き方しかできないから仕方ないっていう諦観と共にやっていくしかないね!とそこまで考えて野菜ジュースの箱がズコーッと鳴った。辛い事は毎日ある。気付きたくない悲しいことも日々悪意なく襲ってきて柔なわたしは勝手に傷つく。それでもきっと、わたしは人生で最大に他人に甘やかされている時期を過ごしている。騙されててもいい、利用されてたっていい、影でバカだって笑われてたっていい。これがずっと続くはずないことは知っているし、わたしもあのひとや、あのひとのように、惜しみなく誰かに与えることができて、やさしくできるようになりたいから、1ミリずつでいいから変わっていく毎日であれ。

怒る私の顔はめちゃくちゃブサイクもてねえぞ

生活の一部だったものを意図的に外していくことは、想像しているよりずっと容易なのだろう。言い訳をして、他人のせいにして、生活から外していこうとしている。逃げるわけでは無いけれど、私の情緒が真っ直ぐになるまでは、悲しいけれど生活の一部から外したほうがいい気がして、どうしたらいいかわからず駅のホームで今日もレッドブルを飲んだ。全部を手に入れることはおろか、きっと一つも手に入らないとわかっているなら、もう誰かと会話なんてしたく無いのに寂しさは鳴る。鳴るったら鳴るのだ。嘘でだって笑えるけどもう嘘とかつきたくないし、さよならだけが人生だというのも知っているけど、同時に、さよならだけが人生ならば要らないってのも知ってる。みんな、またいつでも会えるよって言うけれど、何割の人がそんな夢みたいな約束叶えてくれるの。私は会いたいけど、そうじゃなかったんだね、って、もう泣けないくらい歳を取ってしまった。この世で一番素敵な夜が更新される毎に、積もる息苦しさに眩暈を覚える。誰かが言った「裸で居られないなら居場所はそこじゃ無い」って言葉がずっと刺さっていて、ずっと血が出ている気さえする。自分が嫌いだし好きだし、人間が嫌いだし大好きで怖くて手を握りたくて握って欲しくて握りたくなくて握られたくなくて抱きしめたくて抱きしめられたくて抱きしめたくなくて抱きしめられたくない。約束なんてしてないのに勝手に期待した私が悪い。怒る君の顔はめちゃくちゃブサイクもてねえぞ、って女の子が歌ってたからもう怒るのはやめる。その代わり期待もしない。ただ少し、少しだけ悲しいことがあっただけなのだ。

剥がれたネイル

今日も満員電車に揺られてあなたに会いに行くでもなくお金を稼ぎに新宿へ行く。19万も持っていない高田馬場。文字通り身動き一つ取れない車内にも、猛者というのはいるもので50手前くらいに見える女性が新聞を立ったまま読んでいた。他人の迷惑も顧みないバリキャリのつもりか、なんて心の底で毒づいてふとその女性の指先をみると、泥みたいな色をしたネイルがはがれてボロボロになっていた。そんなみすぼらしくなるくらいなら、最初から塗らなければいいのに。恐らく朝の支度に1時間以上かけているであろうメイクと髪型には隠しきれない白髪がぴかぴかと光っていた。ああ、年相応に年を取りたい。でも可愛く可愛く生きてたい。剥がれるくらいのネイルなら私には必要ないな。

距離

今日は介護施設で二席、新しいネタをやってきた。

終わった後に、職員の方に「普段からコミュニケーションとか上手そうですね」と言われたのだけれど、真逆である。

高座越しでないと人と向き合えない。

いつまで経っても人の目を見て話すことが出来ないし、すぐに手は震えてしまうし、会話のキャッチボールがうまくできない。

人間が怖いくせにひとりぼっちは嫌だ。

この人は大丈夫と思って一歩踏み込んだつもりが五、六歩ほどずかずかと踏み込んでしまって失敗することばかりだ。

だから高座越しが丁度いい。私がこころをゆるしてはなしをして、聴いてくれる人もこころをゆるして笑うような、それくらいの距離が丁度いいのだ。

それが私と人の適切な距離なのだと思う。

東京ドリーム

沖縄に良い思い出がない。

とは言うものの、行ったことがあるのは高校の修学旅行の時だけだ。

当時クラスに一人も友達がいなかった私は、仮病で二泊三日ホテルに籠っているような女子高生であった。

 

特に沖縄に思い入れは無い自分が、赤坂のライブハウスで、沖縄出身アーティストのカバーを演者が歌うというイベントに行ってきた。

 

トリがイベント主催の沖縄出身のひとのバンドだった。

羨ましかった。

 

私は秋田と屋久島のハーフで東京育ちで転勤族でもあったので、土地に対する愛着がない。

自分の生まれ育った土地をそんなに全力で大好きだと言えることはとてつもなく羨ましかった。

 

羨ましかったし、そうやって発信していく力があることも凄いなって素直に思った。

自分の好きなものを好きだと言うことは、こわい。知らないひとからしたら、自分の宝物が埃と同じかもしれないと思うと、好きと言い続けていくことはそんなに簡単じゃない。

でも昨日の夜、少なくとも私には昨日出てたひとたちの宝物がきらきらして見えた。

意味はある。

 

そんなひとたちに出会えるから、私は東京が好きだ。